あの時の記憶



「ガウリイさぁ、フィブリゾに攫われてた時の記憶って、あるの?」

冥王フィブリゾとの激闘を終えてから、暫しの時間が過ぎて。
ゼル、アメリアとサイラーグで別れたあたし達は、今はとある宿屋に滞在していた。

そこそこの味だった宿屋でのご飯を済ませた後、食後のティータイムをしようと思いついたあたしは、ガウリイの部屋に押しかけまったりとした時間を過ごして居た。
よくある板張り部屋のシングルには、ティーセットを置いてやっとという簡素なテーブルと、おまけみたいなスツールが一つだけ。なのでスツールにはあたしが座り、部屋の主であるガウリイは、ティーカップ片手にベッドの端へ腰かけている。

少し前にあったザングルスとマルチナの結婚式の時の事なんかを話しながら、ふと思いだしたのは微妙に気になっていた先の質問だ。
問いかけるあたしに対し、ガウリイは思いだす為なのか、ん?と一瞬首を傾げ、ああ、と何やらふっと笑って見せた。

「あー、うん。覚えてるよ。」

「……へっ!?」

がっちゃんっ。

予想外の答えが返ってきた事に、持っていたティーカップを落としてしまった。

……今、なんつったコイツ。

「何やってんだよリナ。大丈夫か?火傷しなかったか?」

「や、してない、けど・・・・。」

驚きで目を見開いているあたしを他所に、落としたティーカップを拾い、部屋の端っこに置かれていた雑巾で床を拭くガウリイ。

あ、良かったティーカップ割れてない。宿屋に弁償しろとか言われたらもったいないし。
……ってかそうじゃなくて!
覚えてるって言った!?ガウリイが!?まさか!

「おおお、お、覚えてるってどこから!?一体あんたのそのふやけたパスタしか詰まってない頭のどこに物を記憶する部分がっ!?」

「あ、あのなぁリナ……お前一体俺のこと何だと……。」

ぶつくさ呆れ顔で呟くガウリイに、あたしは掴み掛からんくらいの勢いで捲し立てた。

「いいから!ちょっと言ってみなさいよ!どっから覚えてるのよっ!?」

あたしがそう言うと、ガウリイは人差し指を立てて上を見上げ、思い出しポーズをした。
どうやら嘘では無さそうである。

「えーとな、あんまりハッキリではなくてなんとなくなんだが・・・・・なんかよくわからんが、体の自由が利かなくて、でも目は見えててな。んで、お前さんとかゼルとかアメリアとかとなんか戦ってた。あ、そーいや途中からザングルスもいたな。」

え……。
それって、サイラーグに向かう森の中の……?

攫われたガウリイを盾に、冥王はあたしにサイラーグへ来いと告げた。
そしてその道中、冥王に操られたガウリイが現れ、あたし達は苦戦を強いられた。

相手はあの冥王(ヘルマスター)フィブリゾ。完全に意識は支配されてたんだと思っていた。
まさかあの時の事を、コイツが自覚してたなんて。しかも、覚えてたなんて。
驚くにも程がある。

「あ、アンタあれ覚えてるの?」

「ああ、ほとんど体の自由は利かなかったんだけどな。俺なんでみんなと戦ってるんだろうなって思ったら、ああ、なんか勝手に俺の体使われてるのかって判って。しょうがないから見てた。」

しょ、しょうがないからって……っ。
こ、このクラゲはっ!

「呑気に見てる場合かっ!!少しは抵抗くらいしなさいよっ!こっちは大変だったんだからねっ!光の剣の威力はいつもの数倍だったし、それに本気のアンタの剣捌きなんて厄介以外の何者でもなかったわよっ!」

全くもって。あの時のガウリイほど敵に回せば厄介だと思った事は無い。
普段は全く気が付かないけど、剣の腕は超一級。味方ならばこれほど心強いことはないが、敵に回せば厄介どころか命が危ない。
それを思い知ったのはあの時だった。

「あ、ひでーなー。俺もちょっとは頑張ったんだぜ?何しろ、一度はなんとか動き、止められたしな。」

こくり。

ガウリイは、いかにも心外だ、という顔をしつつ、手にしたティーカップを一口啜る。

―――???止めた?

あ、それってあれか?
あたしが光の剣の衝撃波に吹っ飛ばされて、尻餅ついたところをガウリイに斬られそうになった……。(思い出したら腹立つけど。)

「え。それって……。」

「もう少しで、お前さんを斬っちまう処だったな。」

うんうんと、頷きながらガウリイが言った。

……いや。ちょっと待て。

「いやー、参ったぜ。あの後ものすごい頭痛くて。」

思い出すのも嫌なのか、ガウリイが少しだけ眉間に皺を寄せながら笑う。

―――そう。

あの時ほんの一瞬、斬りかかってきたガウリイの動きが停止した。
そのおかげで、あたしはザングルスに助けられたのだ。

あの一瞬がなければ、あたしは恐らくガウリイに斬られて、今この世には存在していなかっただろう。

あの、フィブリゾに。
意識を乗っ取られていたのに。
なのに、あの一瞬。
ガウリイはあたしを助けたのだ。
いつもと同じように。

「そう……なんだ。あれ、覚えて、たんだ……。止めたの、やっぱりガウリイだったんだ……。」

なんだかガウリイの顔を真っ直ぐ見れなくて、あたしは俯いた。
呟いた言葉は、小さかった筈なのに。

「リナ……?」

突然静かになったあたしに、気遣うようなガウリイの声。

どうしよう。
なんか……嬉しい、かも……。

顔を上げられなくて、何を言えばいいか判らなくて、暫し黙って床を見つめた。

「なあリナ。」

俯くあたしに、いつもと少し違う、真剣味を帯びたガウリイの声がかかる。
思わず、ぱっと顔を上げると、普段ののほほんとした空気が嘘みたいに、真面目な顔をしたガウリイが、あたしをじっと見つめていた。

その瞳に、あたしは思わずたじろいでしまった。

―――こういうのはずるい。

時折、ガウリイはこういう顔をする。
普段は全く見せない癖に。

突然、そんな顔をされたら。
……戸惑ってしまう。

「な、何よ?」

気づかれないように、いつもと同じように答えたいと思うのに、少し緊張してしまって。
なんだかぶっきらぼうに返事をした。

すると、ガウリイが腰かけていたベッドから静かに立ち上がり、唐突に、あたしの方へと近付く。
小さめのテーブルに持っていたティーカップをコトリと置いて、あたしの前で膝をついた。

「が、ガウリイ?」

騎士が姫へと傅く様に、じっとあたしを見上げるガウリイに、あたしはどうしたらいいのか判らなかった。

何、何してんの。ガウリイ。

「アンタ、な、にして……。」

どもるあたしに、ガウリイは真面目な表情を崩さぬまま、無言ですっと手を伸ばす。
普段はガシガシ頭を撫でてくる大きな手が、あたしの脇腹部分に優しく触れた。

「ちょっ……ガウリイあんたどこ触って!」

触れた部分から伝わる体温に、あたしはテンパるやら顔が熱くなるやらで。
我ながら混乱していると判っているけど、跳ね除ける事もせず文句を言った。

だけど、あたしを見上げるガウリイの真剣な瞳はそのまま。

「……ここ、あの時少し斬りつけちまったな。すまん。痛かっただろ。」

視線はあたしに向けたまま、いつもの青い瞳の奥に、後悔と、悲痛の色を滲ませてガウリイが言った。

―――そこはあの時、光の剣が掠めた場所だった。

治癒の魔術のお蔭で、傷は跡形も無く綺麗になっている。
けれど、つけられたその時は、掠り傷と言うには少々深い傷ではあった。

覚えて、たんだ。
これも。

「ガウリイ……?」

澄んだい瞳の奥に、ほんの少し陰りが見えて、思わずその名を口にした。
……操られていたんだから。

気にしなくっていいのに。

だけど、ガウリイはそれで割り切れるヤツでは無い事を知っている。

普段「俺は保護者だから」なんて言っている分余計、彼にとってはショックな出来事だったのだろう。
あの程度の傷、よくある事だと言えばそうなのに。
それをつけたのが「誰」か、と言うのが、ガウリイにとって重しになっているんだろう。

「痛い思い、させちまったな……。」

そう言いながら、ガウリイはその傷があった場所を手の平で優しく撫でる。
文句はもう言わなかった。

肌に伝わる温もりに、謝罪の気持ちが込められているのが判る。

あたしはほんのちょっぴり、泣きたいような気持ちになった。

謝ってほしいわけじゃない。痛かったけど、ガウリイだから、別に良い。
ガウリイだから、いいのだ。

「……へ、平気よあの位っ。このあたしを誰だと思ってんのよっ。盗賊殺しのリナ=インバースよっ!?刀傷の一つや二つで死にゃあしないわよっ!」

沈んだ空気をどうにかしたくて、無理矢理明るく茶化して言って見せる。
何より、今の陰りを帯びた色は、この自称保護者には似合わない。

「はは、そうだな。何たって、リナだからな。」

あたしの言葉に、一瞬きょとんとしたガウリイが、少しだけ瞳の色を和らげて、無理矢理な茶化しに調子を合わしてくれる。普段はクラゲな筈なのに、いつもあたしの考えを察してくれる。

気を遣っても、逆に遣われるのだからほんとにもう、というヤツである。

「そーよっ!美少女天才魔導士であるこのあたし!リナ=インバースに、畏るるものは何も無い!」

「美少女は無いだろー。」

「うっさいガウリイっ。」

「ははっ!……ありがとな。リナ。」

……う。

ふわりと笑うガウリイに、なんだか当てられて。
見透かされている事に、腹が立つような、立たない様な。そんな気持ちになって。

脇腹から離れたガウリイの手が、いつもみたいにあたしの頭に乗せられた。
ぽんぽんっと撫でたかと思ったら、その手が横髪を梳きながら降りていく。

そして、降りた手はそのままあたしの髪を一房掬い、ガウリイの口元へと引き寄せた。

ななななな、と意味不明の言葉を呟くあたしへ、ガウリイの澄んだ青い瞳が、悪戯っぽく煌めいて。
髪から離れた手が、腕を優しく引いて、金の髪と空の瞳で視界を埋める。

―――小さなテーブルに置かれたティーカップの濃く赤い色をした水面に、重なるあたし達の影が―――映っていた。



<終>

あとがき


実際あのシーンのガウリイって滅茶苦茶格好良いんですよね。普段よりも。おかげで私もダークsideガウリイを妄想する様になったのですが(笑)それにしても、囚われのガウリイ(お姫様)を助けに行くリナ(王子様)が完全に男女逆で、それが当時はすごく素敵に思えたものです。強くて格好良い女の子が大好きになったのは、やっぱりリナがきっかけですね。
裏話。
本編ではあまり描かれていませんでしたが、ガウリイの事だからリナを傷つけてしまった事をずっと気にしていたと思うんですよ。しかも、普段は自分の事を自称保護者とまで称している彼でしたから、保護すべき対象を前に斬りかかってしまったなんて、かなりのやるせなさがあったんじゃないでしょうか。しかもリナの場合、それを笑って許してくれる事が目に見えているので、余計に自分を責めてしまうというか。だけどリナの心遣いを無駄にしたくも無くて、結局はその優しさに甘えてしまうという……。互いへの思いやりに溢れた二人が、今だに好き過ぎて仕方ありません。

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