失いたくないモノ



キィィィ……

古い木でできたドアの軋む音が、かすかに響く。
あたしはそろりそろりと、猫が獲物を狙う時のように、足音を殺して近づいた。

「ん……う〜ん……もう食えん……。」


突然聞こえた寝言に、驚いて体がびくりとなった。

一時、その場に固まるけれど、またそろそろと歩き出す。
起きるはずはない。だってさっきドアの外側から眠り(スリーピング)をかけておいたもの。

ベッドの傍まで辿りつき、恐る恐る眠るソイツの顔をのぞきこむ。

「すぴー……。」

目の前ですぴょすぴょ寝ているのは、ほぼ腐れ縁状態の自称保護者ガウリイ。
窓の隙間から差し込む月の光が、彼の金色の髪を輝かせ、ほのかに光を放っているように見えた。

ったく……。能天気に寝てるったら……。

そう心で呟きながら、あたしはパジャマの上に羽織った上着を引き寄せ、ガウリイが寝ているベッドの傍にしゃがみこんだ。
足音を無くすためにスリッパは部屋で脱いできた。そのせいか少しだけ足が冷たく感じる。

なんで……このあたしがまるでストーカーみたいなこと、しなきゃなんないのよ……。

そう毒づきながらも、目の前で眠るガウリイの寝顔を見る。
あまり寝心地の良くないはずのベッドで、お布団に抱きついて気持ちよさそうに寝ている彼。

無防備なその顔に、あたしはほっと胸を撫で下ろす。

そうよね……。コイツはちゃんとここに居る。あたしと、一緒に……。

冥王フィブリゾとの戦いで、気づいてしまった、自分の気持ち。

もう二度と、あんな目には合いたくない、合わせたくないという気持ちが、いつの間にかあたしの中で、失う事の恐さを教えた。

なーんで……コイツなんだろ……。

眠るガウリイの顔を見下ろす。
長い睫が規則正しい呼吸と共に揺れている。

そりゃあね、付き合いだって長いし、なんだかんだで優しいってのは認めるわよ。
剣の腕だっていいし、顔だって正直美形な方だけど……こんな脳みそクラゲで記憶力のカケラも無いようなヤツなのに……。

出会った頃は、子供扱いしてくる事に腹を立てた。
だけど、ただのお人好しなんだと気づいてからは、腹を立てるのが馬鹿らしくなった。

気がつけば、言葉も交わさずとも、お互いの息を合わせることができるようになっていた。
離れ離れになる事もあった。

だけどいつの間にか、また二人で旅をしていた。
強がるあたしの背を、押して、支えてくれた。精一杯のやせ我慢も、ガウリイにだけは気づかれた。

いつの間にか、ガウリイがいないとあたしじゃないような、あたしじゃいられないような、そんな相手になっていた。

弱くなった、と自分でも思う。あたしはこんなに弱い人間じゃなかった。

ずっと一人で旅をしてきた。
たまに変な自称好敵手とかも居たけれど、ずっとずっと、一人でやってきていたのに。

「どーしてかな……。」

失いたくないモノを持つということは、それが自分にとっての致命的な弱点になるということ。
それがわかっているから、今の、こんな気持ちになるようなことはごめんだった。
だけど。

「会わなければ良かったとか、戻りたいとかは、思わないのよね……。」

「ん〜……リ、ナ……。」

ぎくっ!

突然の声に身体が硬直する。けれどガウリイが起きる気配はやはりない。

びっくりした。寝言か。
幸せそうな顔しちゃって。ほんっと能天気なんだから。

でもあたしの名前呼ぶとか……なんか、照れる、けど……。

どうせ、しょーもない夢見てるんでしょーねー……。

ふうっ。と。
ため息一つついて、あたしは眠るガウリイの頬にそっと触れる。

術のせいで起きないから。だから。
今だけほんの少し、素直になれる。

「ずっと、傍に居てよね。ガウリイ……。」

答えてくれるのは、安らかな寝息だけ。

あたしはすっと立ち上がり、足音を殺してドアへと向かう。
また明日から、いつもと同じ日々が待っている。

「……いっしょう、な……。」

後ろから聞こえたのはガウリイの声。
振り返ったあたしの目には、先ほどと同じ眠るガウリイの姿。

また、寝言、だよね……?

あたしはゆっくりと、ガウリイの部屋のドアを閉めた。

閉まったドアの向こう、ベッドの上では、微かに微笑む金髪の剣士が眠っていた――――。



<終>

あとがき


「雨の日」という作品の前にあった出来事として書いた物です。普段はくらげ感満載のガウリイですが、そこはやっぱり年長者としても、保護者としても、どこかリナの上をいっていて欲しいなという思いがあります。実際本編でもそんな感じですし。まれに見せてくるリナの素直な部分を可愛いと思いつつも、そこに触れてしまう事の危うさにも気づいているので知らないフリをしている…みたいな。駄目です。これは完全に私の萌えです。(笑)
裏話。
私の中にある疑問として、「ガウリイは一応腕利きの傭兵なんだから、スリーピング程度の魔法で眠っちゃうと仕事になんないんじゃないの?」というのがあります。何となくですが、回避する術を身につけていてもおかしくないかなーと。実際ゼルは魔導士兼剣士でもありますよね。なので、リナに術をかけられちゃってるふりをしてても不思議じゃないなという気持ちをこちらのお話に少し含めてみました。こういう「かかったフリ」的な物は、楽しいのでまた書かもしれません。

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